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高松地方裁判所丸亀支部 昭和29年(ワ)74号 判決

原告 大西喜太郎 外二名

被告 株式会社四国銀行

主文

被告は原告ら三名に対し、夫々金二〇七、二六六円を支払え。

原告らの被告に対するその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余は原告ら三名の連帯負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、被告は原告らに対し、金一二、一二三、八〇〇円を支払え。被告は朝日新聞、毎日新聞、四国新聞に別紙〈省略〉記載の謝罪文を本文及び原被告の氏名を五号活字、その余を六号活字をもつて三回掲載せよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに右第一項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次の如く陳述した。

(一)  原告らは多年漬物製造販売を目的として丸亀漬物業組合と称する民法上の組合を組織してその営業を継続して来たものであり、被告は肩書地に本店を置き銀行業務を営む株式会社である。

ところが被告銀行は偶々後述の如き経緯で原告ら共同振出の約束手形を所持していたところから、原告らに対し金額五〇〇、〇〇〇円の手形債権を有し、その執行保全のため必要であると称して昭和二七年五月九日当裁判所に有体動産仮差押命令を申請し、該命令に基き、当裁判所執行吏宮武健にその執行を委任し、同日原告らの漬物製造工場において原告ら共有にかかる(1) 漬物入大樽三本(二〇〇丁)(2) 空大樽三四本(3) 空中樽五本(4) らつきよ漬一本(一五〇貫)(5) 梅漬一本(6) 奈良漬九丁(一丁一〇貫、訴状添付の目録に一五貫とあるは誤記と認められる)の仮差押の執行をなさしめた。而して右物件中(1) ・(6) の漬物は同年七月・八月の二回にわたる当裁判所の換価命令により競売された。

而して被告銀行は同年五月二六日原告らを相手方として右手形金請求訴訟を当裁判所に提起したのであるが、昭和二八年一月一七日当裁判所において被告銀行は原告らに対し右手形金債権を有しない旨の被告銀行敗訴の判決がなされ、右判決はその頃確定した。

(二)  右の如く被告銀行は被保全権利もなく又保全の必要もないのにかかわらず、右の如き仮差押をなしたのは、次に述べる如く被告銀行の故意若しくは過失に基くものである。

即ち原告らは漬物製造販売営業の発展に伴い融資を受ける必要上昭和二四年九月中原告ら共同振出にかかる振出日昭和二四年九月一二日、金額五〇〇、〇〇〇円、満期同年一〇月二八日支払地、振出地とも丸亀市と記載せる受取人及び支払場所の記載空白の約束手形一通を被告銀行に預けて置いたところ、被告銀行は偶々該手形が昭和二七年ごろまでの長期間自己の手中にあつたのを幸いにこれを不正に領得しようとして、受取人欄に四国海産物工業株式会社と記入し、且裏書人欄に右会社森虎右衛門の偽造裏書をなして、前記仮差押に及んだものであるから被保全権利の不存在を知悉していたものというべく、又後に述べる如く原告らはいずれも丸亀市において社会的地位と名誉を有し、且相当の資産を有するのであるから僅か金五〇〇、〇〇〇円の債権につき、保全の必要性があると言えないことは勿論であつて、特に信用、財産調査の職員を有する被告銀行としてはこの点についても十分承知していたと謂うべきである。仮りに右の点につき故意がないとしても、それに準ずべき重大な過失があると謂わなければならない。

(三)  先に述べた仮差押物件は当時の原告らの営業用漬物樽全部並に商品である漬物の全部であつたため、原告らの共有権を侵害し、信用を毀損させたばかりでなく、原告らの生業である漬物営業の持続を不可能ならしめ、以つて原告らに対し次の如き財産上及びその他の損害を蒙らしめたものであるから被告銀行は当然不法行為上の責任を免れないものである。即ち原告らは被告銀行に対し次の如き損害の賠償を求める。

(1)  財産上の損害

(イ)  前記仮差押にかかる漬物類の時価は漬物入大樽(たくあん)三本で金三五〇、〇〇〇円、ラツキヨ一本で金五〇、〇〇〇円、梅漬一本で金一五〇、〇〇〇円、奈良漬一〇貫入九丁は金一五〇、〇〇〇円であるからその合計金七〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。ところで右漬物入大樽は金一五〇、〇〇〇円、奈良漬は金九〇、〇〇〇円でいずれも時期的に変質し、若しくは腐敗の過程において換価命令により競売されたから、通常の品質のものの価格に比し著しく低廉とならざるを得なかつたのであるが、その売得金及び利息の合計金二四三、二〇〇円は被告の前記本案敗訴判決確定後原告らが受領したので、それを差引くと被告銀行に対し、金四五六、七八〇円の請求権を有するわけである。

(ロ)  被告銀行は前述の如く原告らの営業の基礎をなすに不可欠の大樽中樽を、空樽までも包含してその全部を仮差押えて営業の継続を不能ならしめたのであるから莫大な原告の得べかりし利益を喪失させたわけであるが、本訴においては本件仮差押時から二年間にわたる大根漬及び奈良漬についての利益の賠償を求める。ところで、大樽一個は大根漬二〇貫入の小樽六〇丁に相当する容積を有し、大樽の使用回転数は最小限年三回であるから大樽一個につき一年間の使用回転延数量は小樽一八〇丁分となる。本件仮差押による大樽三七個の一年間における使用数量は小樽六、六六〇丁にして二年間の数量は小樽一三、三二〇丁の量となる。而して大根漬小樽一丁の価格は昭和二七・八年中においては金二、〇〇〇円にして漬物製造兼販売業者の純益はその三割即ち小樽一丁につき、金六〇〇円となるから前示小樽一三、三二〇丁分に対する純益は金七、九九二、〇〇〇円となる。次に中樽一個は奈良漬一五貫入小樽一五丁に相当する容積を有し、奈良漬の樽の使用回数は年一回であるから本件仮差押の中樽五個の容積は小樽七五丁の数量となり、二年間には小樽一五〇丁の量に当るのである。而して奈良漬小樽一丁は一五貫であるから小樽一五〇丁分の貫数は二、二五〇貫となる。昭和二七・八年中における奈良漬の価格は一貫目につき金一、〇〇〇円にして、製造販売業者の純益は三割即ち金三〇〇円であるから、前示小樽一五〇丁に対する純益は金六七五、〇〇〇円である。

右大根漬と奈良漬の利益合計金八、六六七、〇〇〇円が被告銀行の不法行為により原告らの二年間における得べかりし利益の喪失である。

(2)  信用及び名誉毀損による損害

原告らはいずれも丸亀市において相当の資産と信用とを有し、且丸亀漬物業組合の理事として丸亀地方における重要物産たる漬物類につき、香川県下はもとより阪神地方に至るまで取引先を有し、多年にわたり広汎且盛大に取引を継続して来たものである。被告銀行は銀行業務を営み、莫大なる資産を有する地方有力銀行である。原告らは被告銀行により手形不渡の汚名を受け、且悪意に満ちた営業妨害によつて、多年の営業を休止するのやむなきに至り、一般取引界及び漬物業界、得意先に対する信用を著しく失墜せしめられ、ここに原告らは丸亀漬物業組合の理事を辞任し、漬物業を廃止するの止むなきに至つたわけである。

以上の如く当事者双方の地位・資産ならびに信用毀損の程度を斟酎するときは被告銀行は原告らに対し、夫々金一、〇〇〇、〇〇〇円宛の精神上の損害を賠償すべき義務がある。

更に原告らの信用の失墜は香川県下ならびに阪神地方の漬物業界と得意先に対しその回復を図る必要がある。即ち信用は商人の生命であり原告らは前記の如く広範囲にわたりそれを失墜したものであるから、本件手形の裏書偽造が認められる場合は別紙記載第一の、然らざる場合は第二記載の謝罪広告の掲載によつて、原告らが商人として営業をなすうえにおいて業界に対する信用を回復する必要がある。

以上の理由により請求の趣旨掲記の判決を求めるため本訴請求に及んだものであると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求め、原告主張の事実のうち(一)の点は認め、その余の事実はすべて否認し、次の如く陳述した。

(一)  昭和二四年八月ごろ、訴外繊維公団宛訴外四国海産物工業株式会社(以下訴外会社とも略称する)振出にかかわる手形に対し、被告銀行善通寺支店長北村勝は被告銀行名義で手形保証をなした。これは右訴外会社の甘言に籠絡された右北村の越権不正の行為であつたので、被告銀行は訴外会社の実力者である訴外津田友吉(原告津田徳治の実弟)らと協議し、昭和二五年春ごろ、右手形保証につき担保を設定させ、受取手形の類を提出させた。

これより先昭和二四年九月ごろ右津田友吉は右北村に対し本件手形(手形表面の記載事項全部の記載あるもの)の割引と裏書欄の記載を依頼したので、右北村は裏書人名を記載し裏書年月日欄に昭和二四年九月一二日なる日附印を押捺し、支払人の信用等調査をなす期間右手形を一時預つたものであるが、その直後前記不正手形保証の事実が判明し引責辞職するに至つたが、その際本件手形を前記津田に返還した。

ところが、前記不正手形保証事件の処理の担当をも命ぜられた右北村の後任支店長岡田清の交渉により、前記訴外会社に対し前述の如く受取手形類を提出させた際、前記津田は昭和二五年五月ごろ原因関係のある受取手形であると称し、本件約束手形外二通の手形を持参したので、右岡田は本件手形の裏書のなされるに至つた事情を知らず、右裏書は当時の訴外会社代表者森虎右衛門の自筆であると信じて受取つたものである。

而して前記岡田支店長は自ら又は被告銀行代理人の岡内弁護士を通じて原告大西に本件手形金の支払を督促したところ、右大西は右手形の支払義務を認めたがこれが支払の方法につき、原告らはいずれも丸亀市において相当な社会的地位を有するものであるから原告らの個人所有財産に対し差押をなされることは信用失墜の虞があるから原告らの共同事業である丸亀漬物業組合所有の漬物類に対し差押をなし、これを換価して支払に充てられたき旨の提案があつたので被告銀行は本件仮差押の決意をなし、昭和二七年五月九日原告大西の誘導により宮歩執行吏の手により本件仮差押の執行をなしたものである。

以上詳述したところに徴し明かな如く被告銀行は本件仮差押につき何等故意又は過失がないのである。

(二)  次に本件仮差押と、原告ら組合の営業の廃止との間に因果関係が存在しない。

即ち、原告らは昭和三〇年一二月三日検証現場において、事件当時原告らの漬物工場には約七〇本の大樽があつた旨陳述しているが、本件仮差押の執行をなしたのはそのうち三七本に過ぎないし、小樽は全然仮差押をしていない。又執行の方法も被告銀行において慎重に配慮し、特に仮差押の公示については樽に一々差押の標示を貼付すべきに拘らずこれをなさず、事務所入口の壁に一葉の公示書を貼付したのみであり、しかも右公示書の貼付個所は外来客が事務所に入ると入口の戸の移転によりその蔭にかくれて見えなくなる様なところであつて、これは被告銀行の原告らの名誉を重んじ組合業務に支障を来さないようにしようとする慎重な態度に外ならず、悪意をもつて原告らの営業妨害をなしたとの原告らの主張はまとはずれも甚しい。更に前述の如く仮差押をなした大樽は全部でない許りでなく、又仮差押にかかる空樽は右の如く一々公示をほどこさず、しかも原告大西にその保管を任され、その使用が禁止されていないうえ出荷運搬に使用される小樽については仮差押がなされていないのであるから、本件仮差押の執行は原告らの営業の継続に何らの支障を来すものでない。なお、仮差押物件の評価額は金四九九、五〇〇円であつて、本件手形債権と稍同額であるから、原告らは被告銀行の再度の仮差押の執行を考慮することなく営業の継続ができるし、又金五〇〇、〇〇〇円の金員の調達ができたならばこれを供託して本件仮差押の執行を解放し、何ら後顧のうれいなく業務に精進し得た筈である。

(三)(1)  本件仮差押の執行には原告大西が立会し、仮差押にかかる漬物類の評価は右大西の意見に従つてなされた。而して右評価によるとその合計は金三九〇、〇〇〇円に過ぎないのであつて、決して原告ら主張の如き金額でない。又右漬物類の換価はそのころ暴風雨があつて工場に雨漏し、漬物の中にも入り変更の虞があつたからなされたもので、原告ら主張の如く腐敗の過程においてなされたものでなく、又その換価のため競売にあたつては原告大西が立会し、同人がその長男名義で競落したものであるから、原告ら主張の如き損害が生ずるはずがない。

(2)  原告らは漬物類には約三割の利益があると称し、大根漬・奈良漬の二年間に得べかりし利益として、八百余万円を挙げている。大凡この世の中に商なるものが原告らのいう如く計算どおり儲けられるものであるならこの世に貧乏人は存在しない筈だし、又中小企業の金詰り等という現象も発生しない筈である。儲けたり損したりする営みを繰り返すのがその世の商の実相であろう。

(3)  原告らは信用毀損による損害として各金一、〇〇〇、〇〇〇円宛の補償と謝罪公告を請求している。しかしながら銀行は大蔵省並に日本銀行の厳重なる業務検査に服し、その業務運営の組織は官庁に準ずる正確さを持つ。被告は五〇余年にわたる長い歴史と伝統を持ち、信用を生命とする銀行であつて、他人の営業を妨害する如き行為は断じてしていない。原告らは自ら紳商たることを強調されている。しかし乍ら本件仮差押事件において供した担保の取消にも同意し、然も本案の判決確定後一年有余を経た後において突然架空の事実を連ねて厖大なる損害賠償の請求を敢えてし、右損害を立証すべき商業帳簿は被告の申立に拘らずこれを提出せず、然も公廷において宣誓のうえ、自ら作成した所得税の申告書の記載は商業帳簿に何らの根拠もない架空の数字であると述べ、実際の所得金額は右申告書記載の数字に十倍すると称するに至つては、その現実の所為と右人格的主張とは余りにも距りがあり過ぎる。以上の点及びその他の事実を考慮するとき、右慰藉料及び謝罪広告の請求は全くいわれがないものと謂わなければならない。

(四)  以上の如く原告らの本訴請求は失当であるけれども、仮りに万一請求の一部に理由があるとするならば、被告は予備的に過失相殺の主張をする。

即ち、原告ら主張の如く、本件約束手形が金融を図る目的で被告銀行に交付されたのに拘らず、金融の目的を得なかつたというのであるならば、被告銀行の支払の督促を受けた際、権威ある法律家に右事実を詳述し、右手形の支払義務があるか否かの点につき鑑定を求め、その助言を得たうえで被告銀行に対し、右事情を開陳して支払義務がないことを強調し仮差押の執行を極力阻止する努力をなすのは当然であり、それは特に組合代表者である原告大西としては正に組合に対する責務でもある。然るに右大西は右の如き努力を払わない許りか、本件手形の支払義務を認め、且仮差押の執行を要請してこれを誘導する挙に出たものであつて、正に善良なる管理者の注意義務に背叛する重大な失態である。

右に申し述べた理由により、いずれの点からするも、原告らの本訴請求は失当として棄却されるべきであると述べた。〈立証省略〉

理由

原告ら主張の(一)の事実は当事者間に争がなく、証人矢野正則、同岡田小三郎、同原淵祥光、同弾正原熊太郎の各証言及び原告大西喜太郎、同津田徳治の各本人尋問の結果に依れば、原告らは丸亀市において多年にわたり漬物類の製造販売業を営み、相当の信用と収入を得て居り、原告大西は同市の旧家で、父死亡後独力で弟妹全部に大学専門教育を施し又昭和一〇年代から同市々会議員に選ばれ、その他多くの名誉職にも就いていたものであり、原告津田は市内に貸家を三〇軒以上有し、原告松野亦、相当な資産家であることが認められるからその財産を隠匿するなどの意思の認められない限り、仮差押は許されないと謂うべきである。而してこの点につき何らの証拠がないから、本件仮差押は保全すべき債権も又その必要性もないのになされたものであつて違法であることを免れ得ないのは蓋し当然であると謂わなければならない。

つぎに被告の故意又は過失の点につき審按するに、いずれも成立に争のない甲第二号証の一、乙第六、一二、一三の各号証、証人岡田清の証言により成立の認められる乙第一五号証の一、二、第一六号証、右証人及び証人岡内瀞一、同西村松吉の各証言ならびに原告ら(二名)各本人尋問の結果を綜合すると、原告らは漬物営業の資金を獲得のため、昭和二四年七月ごろ、原告ら共同振出にかかる振出日同年七月三〇日、金額五〇〇、〇〇〇円、満期同年一〇月二八日、支払地丸亀市と記載せる受取人及び支払場所白地の約束手形(乙第一号証)一通を作成し、原告津田徳治の実弟である訴外津田友吉を介して被告銀行善通寺支店に割引方を申入れたところ、当時の支店長北村勝はその際右訴外人からの依頼により、その裏書人欄に四国海産物株式会社森虎右衛門と記載し、その日附欄に昭和二四年九月一二日なる日附印を押捺したが直ちに割引くことなく振出人らの信用調査のため一時預つた。ところがその頃右四国海産物株式会社の振出した相当な金額の手形に右北村支店長が独断で手形保証をなしたという事件があり、同年九月ごろそれが発覚して北村支店長は辞職するに至つたのであるが右北村はその辞職直前右手形を前記津田友吉に返還した。被告銀行は右手形保証事件の前後策の一環として右会社の実力者である右津田に交渉し、右手形保証による求償債権を確保するため担保の設定及びその有する支払手形類の提出を要求していたところ、昭和二五年五月ごろ、他の手形とともに再び本件手形(どこで何人が記入したのか不明であるが、その際乙第一号証の如く受取人及び支払場所が記載されていた。)が善通寺支店に提出された。その後被告銀行は原告大西に対し右手形金支払の督促するとともに本店に来ることを慫慂したので原告大西は直接被告銀行本店に赴き、右手形を振出したのは間違ないが融資を受けていない旨陳弁したが聞き入れられず、仮差押をすると言われたので、やむを得ず、若しどうしてもするのであるなら個人財産でなく、原告らの共同事業の財産にして欲しい旨述べた。而して被告銀行は原告らが前記訴外会社に宛て如何なる原因により振出したのか又原告らの社会的地位及び財産状態等につき、積極的に調査しなかつた。以上の事実が認められ右認定に反する岡田(清)、岡内各証人及び原告津田徳治の各供述部分は措信できず、又甲第二号証の一の記載部分は当裁判所の採用し得ないところであり、他に右認定を覆すに足る資料がない。

そうだとすると、被告銀行はその満期後において本件手形を取得したのであるから、特段の事情がない限り原告らと受取人の間に原因関係がなければ直接原告らに手形金の請求ができないことは、その業務の性質上当然知つている筈であり、又原告大西から前述の如き事情を聞いているのであるから、被告銀行としてはこの点につき調査すべきであつたのに拘らず何等の手段も講ぜず、又保全の必要性についても調査することなく漫然と仮差押をなしたものと謂うべく当然過失の責を免れ得ない。

原告らは本件仮差押により損害を生ぜしめられた旨主張するので以下順次判断する。

前述の如く右仮差押により原告ら共有にかかる漬物入大樽三本(二〇〇丁)、らつきよ漬一五〇貫、梅漬金三〇、〇〇〇円相当、奈良漬九〇貫の処分が禁止されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証の二及び七ならびに前記矢野、原淵、弾正原各証人、原告ら(二名)の各供述によると右「漬物入大樽」にいう「漬物」とは「たくあん」のことであり、本件仮差押当時の漬物の時価(その品質により多少の差があるが本件の漬物については特別な事情を認められないので中等品であると推認する)は「たくあん」一丁が平均金二、〇〇〇円以上、「らつきよ漬」一貫目平均金三〇〇円以上、「奈良漬」一貫目平均金一、〇〇〇円以上であるが、漬物を長期間放置しておくと変質又は腐敗して商品価値を失うものであること、而して本件仮差押は昭和二八年三月二五日ごろまで継続されたことが認められ、右認定に反する乙第二号証の二の記載及び証人森沢嘉平の証言、原告津田徳治の供述はともに措信できず他に右認定を左右するに足る資料がない。

右認定の如く本件仮差押執行は一年近く継続されていたものであるので、右漬物類は殆んど商品価値を失つたものといゝ得べくそれによつて原告らの蒙つた損害額は仮差押時の時価相当額とすべきであるから本件差押の執行により「たくあん」金四〇〇、〇〇〇円、「らつきよ漬」金四五、〇〇〇円、「梅漬」金三〇、〇〇〇円、「奈良漬」金九〇、〇〇〇円で合計金五六五、〇〇〇円以上の損害を蒙つたことは計数上明かである。

然るに「たくあん」及び「奈良漬」が昭和二七年七・八月頃、当裁判所の換価命令により競売に付されたことは当事者間に争がなく、その売得金及び利息の合計金二四三、二〇〇円をその後原告らにおいて受領していることはその自陳するところであるから被告銀行の前記損害額から右金員を差引いた金三二一、八〇〇円を賠償すべき義務がある。而して右債権は原告らの共有物から生じたものであるから、本来不可分債権であるけれども、原告ら(二名)各本人尋問の結果によるとすでに原告らの前記漬物組合はすでに解散され、清算事務も終了したものと認め得るから、その時より各人平等の割合による可分債権に変じたものというべきであるよつて、原告らは被告銀行に対し夫々金一〇七、二六六円の債権を有しているものと謂わなければならない。

前記矢野、岡田(小三郎)、原淵、弾正原各証人及び原告ら(二名)の各供述によれば、原告らの組合は本件仮差押直後その営業が休止され、やがてそれが廃止されるに至つたことは明かである。そこで右営業の廃休止が仮差押がなされたことを原因とするものであるか否かについて考えて見る。

本件仮差押の執行により、原告ら共有の空大樽三四本、空中樽五本が差押られたことは前述の如く当事者間に争のないところであり、右の樽類は当時原告らの工場にあつた空大樽及び中樽の全部であつたことは原告ら(二名)の供述により明かである。ところで成立に争のない乙第二号証の一乃至三及び前記矢野、岡田(小三郎)、原淵、弾正原、宮武、岡田(清)、西村各証人及び原告ら(二名)の供述ならびに検証の結果によると、本件仮差押の執行に際して宮武執行吏は物件の一々について仮差押の標示を貼付せず原告らの漬物工場事務所入口の壁(入口の戸を開けると見えなくなる)に一葉の公示書を掲示するにとどめ、仮差押物件は執行に立会していた原告大西の同意を得て、同人にその保管方を委託したが、原告らは右物件は仮差押にかかるものであるとしてその後使用しなかつたこと、又当時、小樽(四斗樽)は工場内に多数存在していたが、それについて執行しなかつたこと、右執行吏が原告大西及び被告銀行側の執行立会人の意見を徴して付した仮差押物件の評価総額は金四九九、五〇〇円であつたこと、原告らの漬物の製造はその工場内に小樽五〇個位相当の容積を有する大樽及び同じく約一五個相当の中樽を据え置いてそれに漬物の原料を入れ漬上るとそれを小樽に移し、再び大樽及び中樽に新しい原料を入れるという方法でその樽を年数回にわたり、回転使用しており、小樽に移された漬物は蓋をして荷造りそのまま輸送販売していたことが夫々認められ、右認定に反する資料がない。

思うに有体動産に対する仮差押の執行は執行吏の占有に因つてなされるものであるから一般的に言えば、債務者に対しその処分を制限するばかりでなくその使用・収益をも禁止する効力をもつことはいうまでもないが、本件の如く公示書を掲示して原告の一人に対してその保管を委託したような場合にあつては、原告らはその公示書を毀損しない限り右大樽、中樽を使用して漬物を製造することは可能である許りでなく、特に樽類の如く使用しなければ破損の虞れのある物件にあつてはその保存のため通常の用法に従つて使用することはその保管を委託されたものにとつては義務でありさえするといわなければならない。そうだとすると輸送販売のため使用する小樽は何ら仮差押されておらず、又本件手形債権と略々同一価格の物件について仮差押がなされている以上、右債権による再度の仮差押の危険が殆んどないものというべきであるから、本件仮差押の執行があつても空の大樽、中樽を使用して漬物を製造し、それを小樽によつて輸送販売するという原告らの営業は漬物入大樽三本を使用できないということを除き、殆んど影響がないものというべきである。

又原告大西の供述によると四国新聞及び山陽新聞に本件仮差押がなされた旨の記事が掲載されたことが認められるし、右供述及び弾正原証人の証言によれば被告銀行が前記の換価処分の際、香川県下の同業者のひとりである香川漬物株式会社に仮差押にかかる漬物の買受方を申入れたことも明かであるから、少くも本件仮差押が香川県及び岡山県下の同業者に知られたことは推察するに難くなく、又そのため取引上の信用を毀損されたことも当然考えられることである。ところで原告らの営業は前記の如く自ら製造して販売するばかりでなく証人山川義道及び前記原淵、弾正原証人の各証言によると、原告らは高松市はもとより、大阪・岡山方面の業者から漬物製品を買受け、それを他に転売していたが、かかる取引は本件仮差押後停止されたことを認めることができる。然しながら取引停止の原因は、前記仮差押がなされた旨の報道に基き他の業者が原告らとの取引に危険を感じたこと許りでなく、むしろ原告らからこれらの業者に対し商品の註文をなさなかつたことがより強い原因となつていることが前顕各証言からうかがわれる。又前記矢野、岡田(小三郎)証人の各供述によると、従来原告らと取引のあつた小売業者が原告から商品を購入しなくなつたのは、原告らが商品を販売しないためやむを得ず他から購入するという結果に至つたものであることが認められる。而して右認定に反する資料は何もない。

以上みた如く原告らが営業を廃休止するに至つたのは、本件の仮差押がその原因であるということはできず、むしろ仮差押物件は使用できないという原告らの法律の不知がかかる結果を招来したものというべきであるから、得べかりし利益の喪失を理由にその賠償を求める原告らの請求は失当である。

然し乍ら前述の如く被告銀行は仮差押により原告の信用を毀損したものであるからそれに対し相当な額の金員によりそれを慰藉すべき義務あることはいうまでもない。そこでその数額について考えるに先に認定した如く原告らはいずれも丸亀市において相当なる社会的な地位と資産及び信用を有していたものであり、被告銀行は莫大な資産を有する四国地方の有力銀行であることは弁論の全趣旨からうかがわれる。しかも、法律的にはともかく事実上右仮差押したことから原告らをして同人らが多年培つて来た漬物営業を廃止するに至らしめたものであるしその他諸般の事情を考慮するとき右金額は各金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

更に謝罪広告の請求につき考えるに前述の如く本件仮差押により原告らの信用が毀損せられたのであるけれども、原告ら(二名)の供述及び検証の結果によると原告らは共同事業廃止後、夫々或は単独で漬物業を経営し或はうどん製造販売業を営んで努力を続け現在相当な収入を得てその信用も略々従前に近く回復したものと認めることができるから、今更数年前の事件につき新聞紙上に広告して信用の回復を図る必要はないものと考えられる。

最後に被告の過失相殺の主張について判断すると、原告らが本件手形の振出後その目的である金融を得ないのに拘らず長期間その返還を要求していないことは前記認定事実からうかがわれるところであるが、それは原告らの供述から認められるように原告らが営業上、有価証券を余り利用していないためそれらに対する知識が浅かつたことと、他の方法で資金を入手したこと及び先に認定したように原告津田の実弟を介して金融を図ろうとしたための原告らの安心感がかかる行為をなさしめなかつたものというべきであるからさほど責むべきものと言えない。又前記認定の如く原告大西が本件手形の支払義務を認めたとか本件仮差押を積極的に誘導したものとはいえない。更に本件仮差押につき異議を申立てるとか、解放金額を供託してその決定又は執行を取消す方法もあつたけれども、前者についてはすでにその直後本案訴訟が提起されているから異議訴訟が本案訴訟に比し短期間に目的を達するとはいえない訴訟手続一般の現状から見るときそれをもつて原告らの過失であるということができない。又後者にあつては、特に商人である原告らに対し原告らが手形債務がないと信じているのに仮差押の執行を解放するため現金又はそれに準ずるものを供託すべきであると要求することは酷であるといわなければならない。又他にそれを看過すれば公平に反すると考えられるような過失がないから被告の右主張は採用することはできない。

よつて原告らの請求中、各自が夫々金二〇七、二六六円を求める部分は理由があるから、これを認容し、その余の部分はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、第八九条を適用し、なお仮執行宣言を求める部分は相当でないから却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田侃四郎 坂上弘 小谷欣一)

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